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トオルおじさんのコーヒー

ニュースを全く観なくなりました。
元々テレビは好きではないので観ないのですが、ニュースすら観るのをやめました。

こんな時期は自分ワールドに入ったもの勝ちな気がします。

人は思った以上、入ってきたものに影響を知らず知らずに受けているのだなと感じています。
実際、観なくなってからの方が、気持ちがだいぶ楽になりました。
今日、東京で感染者が何名出たのか、もはやわかりません 笑
かなりの世間知らずになりました。

でも良いのです。今は自分ワールドに入ります。
本当に必要な情報は、必然的に入ってくるものです。

さて、この自分ワールドの中にいて、大きな変化がありました。

大切な人のコラージュを作りたいなと。
今までは、リアルな知っている「人」の作品はあまり作ってきませんでした。
オーダーをいただいた作った事はありますが、もう少し「ねっとり」としたものを作りたくなったのです。

「ねっとり」とした作品

この表現が正しいかどうかは、分かりません。
何というか、人生は絶望もあれば希望もあり、そして人間の気持ちが思った以上に複雑であるというのが(少なくとも自分自身はそう)、今回のコロナで如実に実感しているというか。

ポジティブでもネガティブでもない
重くも軽くもない
善でも悪でもない

「ねっとり」という表現が一番しっくりくるのかなと思っています。

3年前に白血病で亡くなったトオルおじさん。

実家のお隣に住んでいて、家を出るまではよく庭仕事をしているのを見かけました。
とても無口な方で、幼少期はほぼ話した記憶がありません。
東宝のコスチューム会社にずっと勤めていらっしゃり、かなりの熟練でした。
週末になると庭いじりをしていて、とにかく飾らない、自然体で欲が全くない方でした。

そのトオルおじさんが入院した時は、驚きました。
いきなりすぎたからです。
定年過ぎても精力的に働いていましたし、来月出張の予定もありました。
きっとすぐに戻ってくるだろうと思っていました。

闘病生活を続けて一年、おじさんは亡くなりました。

今でも覚えているのは、トオルおじさんが最後に入院する直後、1週間ほど自宅に帰っていました。
その時私も実家に帰っていて、おじさんに会いにいきました。

いつものトオルおじさんがそこにいました。
そして、いつもの通りニコッと微笑んでくれました。

「コーヒーでも煎れるよ」
と立ち上がりました。

ずっと愛用しているザッセンハウス ミル サンティアゴを取り出してきて、豆を入れゴリゴリと力一杯挽いてくれました。
その姿は今でもよく覚えています。
病気とは思えない、とても力強い挽き方だったからです。

その作業を経て、次はハンドドリップ。
力強さとは打って変わり、今度は優しい湯気とコーヒーの良い香りが部屋中に立ち込めました。

そのコーヒーの美味しかったこと。
お世辞抜きに、人生でベスト3に入る美味しさでした。

それはおじさんの、人生への感謝の気持ちが溢れ出ているものでした。

おじさんはその時、自分の死が近いというのを知っていました。
だからこそ、「私にコーヒーを淹れてくれる」という行為に対し、自分の生を感じながら一生懸命に淹れてくれたのです。

だからこんなにも美味しいコーヒーだったのだなと。

帰り際におじさんはポソリと言いました。

「普段こうして家にいると、自分が病気というのをつい忘れてしまうんだ」

それから間もなくトオルおじさんは亡くなりました。

今回のこの時期に、ふと親戚のコラージュ作品を作りたくなり、真っ先にトオルおじさんを作りました。
その作品がこちらです。

昔の映画スターにいそうな、おじさんのカッコよさ。
そんな粋なおじさんの和の雰囲気を出したく、素材は浮世絵を使用しています。
いつもは海外色が強いのですが、一変して和のテイストに。

もう亡くなってしまった愛犬の「もも」と、その子供の「もこじ」も、雲からおじさんを見つめています。

長年使用していたザッセンハウスのミルも入れました。

東宝ということで、古いフィルムと映写機を入れてレトロ感を。

また、今回初めて作品に浮世絵を使用してみたのですが。。。

日本人だからでしょうか。
どれもなんだか影があるように感じます。
「ワビサビ」とでもいうべきものでしょうか。
不思議な感覚でした。

いつもの作品と違って「ねっとり」していると思います。
それは、今のこのコロナ時期だからこそできた作品なのかなと。

世界がこのような状況にならなければ、きっとトオルおじさんの作品を作ろうとは思いませんでした。
また、こんな風合いにもならなかったと思います。

緊急事態宣言が解除されるまでは、もう少し自分ワールドに入り続けて、新たな自分と対面していこうと思っています。